午前10時から、新市庁舎建設特別委員会がありました。 ところで、 NHKの夜のニュースで、「日本では子供の6人にひとりが貧困!?」だと言っていたので、驚いてよく見ると、「生活費にゆとりがないから進学できず、なりたい仕事につけない」という話でした。
今日の産経新聞の7面『正論』で、曽野綾子さんが書かれています。先日、ある全国紙に、「日本は今貧しくて若者が結婚もできない。」と書いてあったそうですが、「私は周囲に『今日食べるものがなく』『寝床に雨が漏り』『電気も水道もない家に住んでいる』人を知らない。」「アフリカなら今日食べるものがない人は珍しくない。」と。 日本で言われている『貧困』と、世界のレベルはかけ離れているようです。今日のNHKのニュースで見た少女には、家もあり、本棚には本やぬいぐるみが並んでいました。学校で友達と映っている映像もありました。食事がないとか病気を治す金(援助)もないとは思えません。
この程度の『貧困』をあえて日本的貧困と呼ばせていただければ、自分が貧困であると意識して、社会的弱者であることを表に出すことの(国家に援助を乞う)恥ずかしさがなくなった世の中に、日本の将来の不安を感じます。
「武士は食わねど高楊枝」という言葉があります。昔の人は、他人のお世話になる(食わせてもらう)ことへの恥ずかしさがありました。今日の産経新聞の曽野綾子さんのコラムのタイトルは「日本人の美徳の崩れが恐ろしい」でした。
日本的貧困の理由は、生きるか死ぬかの貧困ではなく、金銭的不満足が原因だと思います。満たされることで得られる幸福とは、他人との比較ではなく、自分の心の持ち方つまり価値観次第ではないでしょうか。 少なくとも、食べることができる貧困なら、「日本的貧困」をNHKのニュースとして流すことの影響を心配します。 |
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